2026年5月4日月曜日

八月の銀の雪。

伊与原新「八月の銀の雪」を読む。
お得意のサイエンス×ヒューマンな短編集だ。


『八月の銀の雪』

幾層にも重なった地球の内部。宇宙よりも見えないその中身を知るためには「耳をすます」ことしかない。
人間もまた同様。表面だけではもちろんわからない。ひとつ内側がわかったような気がしても、まだその内側が存在しているかもしれない。
だからそう簡単にわかるようなものではない。他人はもとより、自分の中でさえ。だからていねいに耳をすます――あなたのコアはどんな状態ですか。

『硬い層があるかと思えば、その内側に脆い層(略)真ん中の芯がどういうものかは、意外と本人も知らないのかもしれない』
『知れば知るほど、その人間の別の層が見えてくるのは、むしろ当たり前のこと』

作中、「銀の雪」の話は、唐突に出てきたと思った。
が一方で、季節の話はしっかりと描かれていたのでその唐突さに違和感を感じずに入っていけた。そして読後に残るのは美しくもある光景と人の心。
続けて2回読んじゃったし(^^;


『海へ還る日』

ミナミゾウアザラシの剥製は怖いよな。ほぼ怪獣だもの(何の感想)。

「還る」という言葉の意味を噛みしめたとき、改めて「生命」そして「心」のことを想う。

そして博物館に行ってみたくなる。歌が聞こえるかもしれない。

『知能テストなんて(中略)傲慢じゃないかと』

この一文は特に自称環境保護な人に読んでもらいたいって思う(読んでも伝わらないような気もするけどさ)。


『アルノーと檸檬』

帰巣本能を軸にした物語か。

戻りたい場所、帰るべき場所。そうしたものを思いながら日々を前に送る。
一方でその「難しさ」も噛みしめつつ。匂いの記憶とともに。

昔レース鳩のマンガを読んだ記憶があるが、あれは何だったかな。


『玻璃を拾う』

「普通」であろうとすること、「普通」に見せようとすることへのアンチテーゼか。
美しい外見からは計り知れない内面の本質。一方でその美しい外見すら、その本質を表現するものでもあって。

うーん。考えると難しいや。
ストーリーはとても美しい話なのだけれど。ちょっと『銀の雪』にも似て。

『十万年の西風』

『人間としての好奇心』か。この好奇心がこの物語がモチーフなんだろうな。気象なんて最も身近な科学だろうし、日々知りたいものでもあるから。

『男性は自分のことを「僕」と言った』――この一文で人物像が浮かぶ。上手いな、と思う(何目線だ?)。

好奇心は止まらない。科学においてもまたそれは同じ。だが、好奇心が止まらないがゆえに。
その「脆さ」「危うさ」――伊与原さんは、どこまで、そして何を伝えようとして書いているのだろう。もし想像どおりであるのなら、僕とは違うなと思ったりもしている。


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