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半休扱いで仕事を抜けたわたしは、N銀行に出向いた。
ATMからさくら老健の4月分の利用料を振り込み、そのあと発券機で番号札を引いて窓口の順番を待った。
マサさんとあっちゃんの老人ホームへの入居の初期費用は、ATMで手続きできる額ではない。
窓口で手続きするにあたり、本来は名義人本人がそれをしなければならないことはもちろん承知している。
だが、こんな状況である。「なんとかなりませんか」という相談をしたかったのだ。
この大口振込の問題は以前から気にはなっていて、実際にどうしたらいいだろうかと諸々経験のありそうなSS社にも相談をしていた。
「老健でお父様の外出許可を取って、車椅子を銀行まで押して行って振込をしてもらう、ということはできると思います。当方で対応させていただけますので」
ウチコシ社長はそのように言ってくれていたものの、入居前には支払いを済ませなければならないので時間な猶予があまりないし、マサさんを連れ出すこと自体があまりに煩雑であり大変だとも思っていた。わたしが手続きできてしまえばそれに越したことはない。
「これ、父の口座なのですが、本人が今回老人ホームに入居することになりまして、その費用の振り込みをこの口座からできないかと思い、今日はうかがいました。本人は今施設におりまして、認知症もあって本人が対応することがなかなか難しいので」
わたしは通帳、それからグッドライフからもらっていた金額と振込先――グッドライフの口座もこのN銀行のものだった――が書かれた書類の画像データを提示した。
「なるほどお話はわかりました。少々確認いたします」
窓口の方はいったん裏へ。頭ごなしにNOと言われなかったことで少し希望があるようにも感じたのだが。
「お待たせいたしました。本日、ご本人様確認ができるものは」
「はい」
マサさんと、そしてわたし自身のマイナンバーカードを出した。
「お届け印はお持ちですか」
「はい、持ってます。それから念のため、委任状もあります」
委任状と言っても、わたしがマサさんの名義で作ったもので、『この口座に関する一切の手続きを委任する』といった文言を書いておいた。押印もしてある。
「もう一度確認してまいります。お待ちください」
ダメで元々。そう思っていると。
「振込の対応させていただきます。こちらの振込依頼書にご記入ください」
「えっありがとうございます。助かります」
「それから委任状はこの原本をこちらでいただいてもいいですか」
「どうぞどうぞ」
こんなものでよければ、などとは当然言わないが、委任状にそれなりの効果があったということなのかな。
これが地方銀行の良さというか、メガバンクではこうはいかなかった気がする。地元の企業と地元の人のために、融通と言ったら語弊があるかもしれないが、骨を折ってくれたということだと思うことにした。そしてその行為のひとつの証憑として委任状を利用してくれたのだと。
ありがたい。
銀行を出て、グッドライフのミズマキさんに送金が終わった旨を一報した。まもなく入居日も確定するそうだ。
電話を切って、そして改めて通帳を見る。
間違いなく老人ホームへのイニシャル費用が振り込まれている。
だが一方で、昨年夏に証券口座を解約して得た「残高」が、当然のことながらかなり減ってしまった事実もそこにあった。