2025年4月25日金曜日

翳りゆくひと。[090]


[090]

『突然のご連絡大変申し訳ございません』

6月下旬、転送されてきたあっちゃん宛の郵便物の中に見慣れない不動産屋の名の入った封筒があった。開封してみると、何やら慌てたような文言の手紙が入っている。

『平成26年に△△タカシ様との建物賃貸契約の時に保証人になってくださいましたので、お伝えしたい件がございますので、至急お電話いただきますようにお願い申し上げます』

その手紙にはその賃貸契約書のコピーも同封されていた。
わたしは瞬間的に「これはまずい」と思った。内容よりも何よりも、連帯保証人の欄に間違いなくあっちゃんの名前が書かれているのだ。筆跡も間違いない。あっちゃん自身がどういう意図でこれを書いたのかは知る由もないが、連帯保証人には契約者と同等の責務があるというところまでは理解していたとはあまり思えない。

その日はもう夜遅くで、通常不動産屋が営業している時間ではない。だが事は急を要する可能性もある。わたしは躊躇なく電話をかけた。
15コールほど鳴っただろうか。

『ぬまた不動産です』
「遅い時間に申し訳ありません。至急連絡を、というお手紙をいただいておりましたので・・・」

このタカシさんという人のことはわたしも知っている。
あっちゃんの弟、つまりわたしの叔父で、まあ簡単に言えば放蕩息子という感じの人だ。わたしがまだ小学生の時分、すでに社会人だったはずなのにわが家、つまり姉の嫁いだ先に転がり込んでた時期もあった。思い返せばそのころもセブンスターを吸いながら競馬の話ばかりしていたような人だった。
親戚からも多少疎まれていた存在だったのだと思う。

ただ、あっちゃんは弟に対しては何かと気を遣っていたはずだ。
老人ホームへの引っ越しの際にも、以前このタカシさんのためにお金を都合したと思われるメモなんかが出てきてもいたから。保証人になったのもそうした流れなのだろうとは想像できる。

「お手紙は母宛にいただいていたのですが、本人が老人ホームに入居した関係でこちらに転送されてきていまして、それでお電話をいたしました」
『そうでしたか。契約書に書かれているご自宅にも電話をさせていただいたのですが、通じませんでしたので。それでですね、実はこの6月と7月分のお家賃の振り込みがなくてですね、お宅のほうにも伺ってはいるのですが、ずっとご不在のようで。それで保証人様が何かご存じないかと』

整理すると、家賃が2ヶ月滞納になってしまったので家まで催促にいったところ、どうやら5月ぐらいから行方不明になってるということらしい。貸主としては連帯保証人に連絡するのは当然のことだと思う。

「わかりました。親戚筋で確認できるところには連絡して聞いてみます」

そう言ってわたしはいったん電話を切った。

正直この件については、わたし個人には何ら関係がない。
が、あっちゃんが保証人になっている以上、動けるのはわたし以外にはいない。結局対応するのはわたしなのだ。

契約書のコピーをながめながら思っていた。「なんでこう次から次へと。俺が何か悪いことでもしたか」と。

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