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「今日は暑いな」
わたしたちが泊まったホテルからグッドライフ中央公園までは徒歩圏内。だが日陰を選んであるかないとすぐに汗が吹き出しそうだ。
室内とタクシーばかりだったから、この2日間が暑かったかどうかの記憶もあいまいだ。外気を吸ったこと自体が久しぶりな気がする。
「おはようございます。母を迎えに参りました」
「今お連れしますのでお待ちください」
エレベーターのドアが開き、スタッフさんに連れられてあっちゃんが現れた。
心なしか疲れが残っているようにも見える。
「おはよ。ちゃんと休めた?」
「まあそうね」
前日同様にタクシー2台に分乗し、葬儀場に向かう。今日は渋滞もなくスムーズだ。
葬儀は午後からなので時間には少し余裕がある。葬儀社の方と段取りの確認をしていると、棺の中のマサさんを覗き込んでいたあっちゃんがこちらを振り返った。
「腰が痛いのよ」
通夜の席で長時間同じ姿勢を維持しなくてはならなかったこともあるのか、あるいは夕べしっかりと休めなかったであろうことも想像もできる。もちろん心労もあるだろう。
「湿布が欲しいわ」
「わかった、買ってくるからさ、控室で休んでて」
調べてみると徒歩数分のところにドラッグストアがある。急いで調達に向かう。喪主のコンディションも主催者側の重要なポイントだから。
「湿布買ってきたから、あっちゃんに貼ってあげて」
あっちゃんの対応は妻に任せた。こういうときに男は役に立たない。
「渋沢栄一の顔が下になるように入れるらしいぞ」
お布施の準備は息子に頼んだ。彼らならわからないことを調べるのも早い。
あとやり残したことはないか。
よし、このタイミングで昼食をとっておこう。頼んでおいた仕出し弁当に箸をつけた。
あっちゃんは斎場にやってきた妹のりつさんとテーブルを囲んでいる。座敷に座るよりも椅子のほうが楽みたいだ。
やがて到着されたお坊さんにも昼食を召し上がっていただいた。
「今日は初七日まで執り行わせていただきますので」
「どうぞよろしくお願いいたします」
葬儀は予定どおりに始まった。
正直に言えば、通夜と何も変わらない。
促されて焼香を行い、そして読経に耳を傾ける。目線の先にはマサさんの遺影がある。
ただそれだけの時間が流れていく。
『導師様、ご退場です』
わたしはひとつ息を吐いた。
「それでは最後のお別れになります。どうぞお花を」
言われるがまま、花を手に取って棺の中に入れようとマサさんの顔を見たその刹那、感情が一気に高ぶる。こみ上げてくるものがある。
葬儀が終わって少し気が緩んでしまっていたのだろうか、本当に最後だと思ったからだろうか、泣くなんて思ってもいなかった。
大好きだったお酒で唇を湿らせて、ちょっとしたおつまみと、旅路の途中で食べてもらうおやつも入れてあげた。
もう何年もお酒、飲んでなかったもんね。今日は飲んでもいいから。心の中でそう語りかけた。
また涙が出そうになった。
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